オイリー肌さんの化粧下地を考える

気温上昇!湿度上昇!
もうすぐオイリー肌さんの大敵である夏がやってきます。
特に女性は汗と皮脂でファンデーションがぐちゃぐちゃになってしまいます。
すでにオイリー肌さん向けの下地を使っている人もいるかもしれませんが、そうでない人にはオイリー肌さん向けの化粧下地を試してみてほしいところです。
では、オイリー肌さん向けにどんな化粧下地があるのかというと、こちらのサイトを見てください。
http://xn--eckl7qsc507qklgbvhg64fllh.com/
【オイリー肌におすすめの化粧下地】

このサイトで一番のおすすめ下地がMIMURA SMOOTH SKIN COVERという名前の下地です。
花王などの大手から発売されている下地と比べるとまだ知名度も低く知らない人も多いかと思いますが、ネットで情報収集すると実際に購入した人やサンプル品を使った人の評判はまずまずといったところです。
どういったところがオイリー肌さん向けなのかというと「パウダーが配合されていてサラッとした仕上がり」「皮脂による顔のテカリを抑える」「お肌の凸凹やシワをカバー」といった部分です。
「お肌の凸凹やシワをカバー」というのは一見オイリー肌とは無関係のようですが、顔がテカると普段以上に顔の凸凹やシワが目立ちますから、テカリを抑えつつ凸凹やシワもカバーというのはすごくオイリー肌さんに合っていると思います。

どこで買えるのかというと公式通販サイトですね。
参考サイトで公式通販サイトが紹介されていますので、そこから購入できます。
購入した後で驚かないように書いておきますが、商品の容器はかなり小さいです。
「これじゃ購入してすぐになくなってしまいそう・・・」と思うかもしれませんが、1回に使用する量はごく少量なので大丈夫です。
逆に付けすぎてしまうとよくないので、少ない量をきれいに顔全体に伸ばして使います。
あくまでも目安ですが1つ購入すれば2ヶ月は持ちます。
値段はちょっと高いと感じるかもしれませんが、高校生以上の人なら決して手が出ない値段ではありません。

まずは試してみないことには始まりませんので、興味があれば試してみてください。

おすすめのヘーゼルカラコン~サイト紹介

カラコンの定番カラーと言えばブラウンかもしれませんが、ハーフ系カラコンなどはヘーゼルが人気です。
ヘーゼルカラーというのは黄色っぽい色です。
「○○ブラウン」という名前のカラコンでもヘーゼルっぽい発色のものもあります。

ヘーゼルカラコンも他のカラコン同様に発色が強いものや控えめの発色のものがあります。
自分のなりたいイメージに合わせてカラコンを選ぶ必要があります。
ヘーゼルカラコンについては下記のサイトが参考になります。
カラコン ヘーゼル

ここでもちょっとだけ解説します。

おすすめのヘーゼル系ハーフカラコンとしてはローラプロデュースのリルムーンというカラコンがあります。
これは複数カラーのグラデーションになっていて、装着するとハーフ系カラコンには欠かせないひまわり模様が出ます。

学校などでもばれにくいヘーゼルカラコンとしてはプティアのエルムヘーゼルがあります。
このカラコンはフチが細かいドットになっていて境目がぼんやりしていて発色も控えめなのでカラコン初心者の人にもおすすめのヘーゼルカラコンです。

そして発色重視の人におすすめのヘーゼルカラコンがラヴェールのシルキーベージュです。
最初にも書いた通り「××ヘーゼル」というような名前ではないのですがヘーゼル系の発色のカラコンです。
フチもくっきりしているので目力もアップするのではないでしょうか。

上記サイトではこの他にもおすすめのカラコン通販ショップも紹介されています。

宮本百合子の作品

 校長だの教師だの団体の指導者だのというひとは、当分の流行に対してよく吟味検討してみる必要がある。自分たちの思いつきに対してひろい実際の視野から再考してみる必要がある。対外的の意味で何かやらなければならないという場合、とりつきやすいのは目の前の見た目に立つ趣向である。浦和からの娘子行進にしろ、目に立つことでは成功したろう。けれども、そこから生れた後味、それによってこそ行進した方の真の感激も、行進をながめたものの感銘も、それからのちの生活感情のなかで美しく消化されてゆくはずの後味が、心理的にふっきれないものをのこしたとすれば、それはむしろ益より害があったということにもなるのである。
 指導というようなことは口でいったこと、形でやっていることそのことよりも、心理にのこされる後味の深さ、その影響のよさについて考慮されるべきものだろうと思う。
 雄々しい生きてとして若い時代が成長して行かなければならないということは、女の子がたけだけしくなることでないのは自明である。団体さえ組めば何でも優先権をとれる、という昔とはちがった世渡り上手のこつを会得させることでもないと思う。団体行動の流行は、一人一人の人間としての向上に細かい目を向けないで、ただそこへくっついていさえすればいいのだからという逃避の無責任さを、一層細心にとりのぞいて行かなければなるまい。
 若い娘たちの行進の美しさと心をたかめる力は、そこに肉体の若さが溢れているというばかりでなく、希望をもって、秩序をもって日々に生かされている新しい生活の輝きがてりはえるからこそであると思う。背景をなして、若い人々の生活の満ち漲った熱意と着実な営みとが感じとられたとき、その行進は、感動的なものとなるのである。
 若い娘たち、妻たち、そして若い母たちはこれからますます群れを組み、街上を行進する機会を多くもつのだろうが、そういう行進が自分たち女の生活とどんな密接な意義をもっているかということについて考えてみるだけの自主の力は大切であると思う。真に自分たちらしい行進をおこなってゆこうとする落付いた日常の心のうねりが尊ばれなければなるまいと思う。

 この間ある若い婦人のための文学投稿雑誌に、生活ルポルタージュの文章をつのって、偶然その選が私に当てられた。そのいくつかの原稿を読んで感じたことは、若い女のひとたちが、生活の日々に起るさまざまの事件やそこに登場して来る人々に対する好意や憎悪の感情を、いつも自分中心に感じてだけいて、第三者の位置に自分をおいてみて、自分の心持や対手の心持を眺めようとする努力がちっともされていないということであった。
 ある洋服屋の娘さんの書いた文章には、まだ年期の切れない弟子の一人が出征したので、その留守の間は娘さんも家業を手つだっていたところその弟子が無事帰還した。まずこれでよいと一安心する間もなく、その弟子が年期をそのまま東京へ出てしまった。そのことから深い腹立ちを感じている娘さんの気持が率直にかかれているのであったが、娘さんは、その帰還した若い弟子が今日の世間の空気に動かされて田舎の町から都会へと動揺してゆく気持にはふれてみようとしていない。いちずに不埒な男と怒っている。主人の側として年期をふみ倒してゆく若い者に好感のもてないのは当然だと思う。しかし、いい事でないと知りつつそういう風に行動してゆく若い帰還兵の気分には、時代的なものがつよくあって、そのことのなかに何か今の若い者の哀れな不安や動揺もある。主人の娘さんも若い女で、若い女として今日を生きている心にはいくつかの不安もあることだろう。自分がその若い者の主人の立場にいるということで、その娘さんには主人と雇人との利害の撥き合う面だけが感じられて、しかも、自分にとって不利を与えられたことの怒りだけに立って、その気持に自分をまかせ切っているのであった。

        共学

 期待はずれた今度の内閣改造の中で僅かに生彩を保つのは安倍能成氏の文部大臣であるといわれる。朽木の屋台にたった一本、いくらかは精のある材木が加えられたところで、その大屋の傾くことを支え切れるものではない。腐れ屋台につがれた細い材木が共に倒れて裂かれないことを願うのは多くの人の心持である。
 アメリカから教育に関する専門家たちが大勢来ることになった。そして日本女子大学と英学塾とは早速大学に昇格するための運動を開始した。井上秀子女史が戦時中日本女子大学校長としてどのように熱心に戦争遂行に協力したかは当時の学生たちが、自分たちの経験した過労、栄養不良、勉学不能によって骨の髄まで知りつくしていることだろうと思う。そういう校長を絶対勢力として戴いて、どうして教育の本質を向上させ得るだろう。伸びるためには頭の上がからりとしていなくてはならない。
 若い婦人が真の勉強をするためには女子だけの専門学校では駄目である。共学が誠意をもって実行されなくてはならない。安倍能成氏は文部大臣となって女子に全国の専門学校、大学を開放し得るであろうか、ここに試金石の一つがある。

        大衆課税

 去る十二日の夕餉のテーブルに、なかなか味なおくりものがあった。この日、ラジオの解説の時間は、戦時利得税、財産税というものの正体がつまるところは大衆課税であって、より多くの持てる者が、持たざるものよりも遙に有利に権力によって守られる仕組みにできていることを、確認させたのであった。この課税の方法によると大財産の所有者たちは、とり上げられる税をこの情勢推移の急な時代に四年間支払猶予され、事実上支払わないでもすんでしまいそうな上、出しただけの金は形を変え口実を新しくして堂々めぐりでまた元の懐に戻って来る仕組みになっている。徴収した金は大衆がその中の一割とすこししか持っていない戦時公債を償還して、大企業銀行などをうるおす予定になっている。二万円の区切りは今日の円で二千円だといえばきわめて広汎な家庭が包括されて来るのである。
 実にわかりやすく懐に突込まれる手の形を解説されたのであるが、主婦たちは、どんな感想をもって、これを聴いたであろうか。税のことは男の世界のこととして聴きすてたのであろうか。財閥は決して退治されていない。生計の担当者である彼女たちの一票は少くともそれに反対する人民の意思表示となるべきであると思う。